残業代をめぐる 2つの動向

税理士法人アスタクス事務所通信より抜粋

安倍内閣は、時間の長さではなく仕事の成果で評価する、「残業代ゼロ」の対象を広げる「新たな労働時間制度」の創設を閣議決定しました。残業の中味を問うこうした動きの一方で、あらかじめ一定額を決めておく固定残業代の運用を厳格化する判決が出されており、こちらにも注目する必要があります。

1.「残業代ゼ口」制度の拡大を検討
労働基準法では、1日の労働時間を原則として8時間と定め、残業や休日の労働には、割増の賃金を支払うことを義務づけています。しかし、この適用外として、労働時間にかかわらず、「残業代ゼロ」の定額の賃金が、経営者と一体の立場にある「管理監督者」(たとえば部長職にある者)などに認められています。(*1)「新たな労働時間制度」は、この「残業代ゼロ」が適用できる社員の対象を広げる内容となっています。具体的には、一定の年収要件(例えば1.000万円以上)を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を持つ者を対象に労働時間と賃金のリンクを切り離すことを検討するとしています。
(*1)労働基準法第41条第2号では、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者(管理監督者)又は機密の事務を取り扱う者」は、労働基準法で定める労働時間、休憩、休日に関する規定を適用しないとしています。
例えば、1週40時間、1日8時間の法定労働時間の規定や1週1日の休日付与の規定も適用がないため、時間外労働、休日労働に対して、労働基準法第37条で定める割増賃金を支払う義務はありません。

2.固定残業代をめぐる最近の判決
(1)固定残業代とは?
固定残業代は、実際の残業時間の有無や時間数にかかわらず、一定時間数の残業代を毎月定額で支給する方法で、残業代を計算する手間が省けるうえ、人件費の総額が把握しやすいというメリットがあります。
ただし、この制度の導入にあたっては、固定残業代の取扱いについての規定を就業規則や雇用契約書などに明示しなければなりません。その場合、「営業手当」「特殊手当」など、残業代とわかりにくい名称ではなく、残業代とわかるように明示する必要があります。
具体的には、固定残業代に該当する賃金項目(例:残業手当、みなし残業手当)、それが残業代に相当する旨、その金額とそこに含まれる残業時間をきちんと記載しなければなりません(例:固定残業手当2万5千円〈残業20時間分〉)。
(2)最近の裁判の傾向
固定残業代を巡る最近の裁判では、実際の残業時間に基づいて計算した賃金が、固定残業代を上回る場合には、その不足分を追加支給する必要があるとしたうえで、追加支給されていない場合には、固定残業代そのものの有効性が否定される可能性があります。就業規則等の整備とともに、その運用状況を踏まえた総合的な判断が行われているようです。

○安倍内閣が推進する「新たな労働時間制度」の考え方
「日本再興戦略」改訂2014(平成26年6月24日)では、「時間ではなく成果で評価される働き方への改革」の中において、「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する働き手のニーズに応えるため、一定の年収要件(例えば少なくとも年収1000万円以上)を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、健康確保や仕事と生活の調和を図りつつ、労働時間の長さと賃金のリンクを切り離した『新たな労働時間制度』を創設することとし、労働政策審議会で検討し、結論を得た上で、次期通常国会を目途に所要の法的措置を講ずる」としています。
○「営業手当」という名目で支給していれば、固定残業代として主張することは、可能か?
「うちは、営業マンに、営業手当として、残業代込みで、払っているから」残業代の支払を免れるとする経営者もおられますが、最近の裁判例も踏まえて判断すると、書類の整備とその運用がしっかりしていなければ、無効になる可能性が高いといわざるを得ません。営業手当は、その名称から推測されるのは、営業の成果に対するインセンテイブとして期待される手当という意味合いが強く、固定残業代と主張するのは難しいでしょう。
○給与明細の整備と実際の運用についての考え方
裁判官によっても判決にばらつきはありますが、最高裁での補足意見では、「……支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう……」とされているため、給与明細等に、項目・金額・時間数の記載をしておかなければ固定残業代を時間外手当に代わる手当であるとすることは難しいでしょう。
[参考]アクティリンク事件(東京地裁判決/平成24年6月29日)、イーライフ事件(東京地裁判決/平成25年2月28日)

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