Month: 6月 2014

まだまだ低い社会保険のオンライン利用率

総務省では、行政手続きのオンラインで利用の状況を発表しています。

国では特に国民や企業による利用頻度の高い重点手続については、オンライン利用の促進に集中的に取り組んでいます。

社会保険・労働保険の分野においても21種類の手続が重点手続に選定され、資料によると、社会保険・労働保険の分野全体での平成24年度のオンライン利用率は前年の2.7%から4.2%へと1.5ポイント増加しましたが、他の重点手続(登記 57.8%、国税52.7%など)と比較すると、依然として最低という結果です。

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利用率が高いのは

健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届 6.4%

健康保険・厚生年金保険被保険者報酬月額変更届 6.1%

健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届 5.6%

このへんはそうだろうなという感じですが、同じ取得喪失届でも雇用保険は

雇用保険被保険者資格取得届 3.2%

雇用保険被保険者資格喪失届 3.1%

という結果に。

アクセスコードの付与で利用率が高そうな概算・増加概算・確定保険料申告書でさえ2.8%という数字です。

労働・雇用関係の利用率が伸びないのは、社会保険適用事業所に比較すると、零細企業が多いということでなかなか電子申請までは手が回らないということなのでしょうか。

 

R.I.P.

やんごとなきお方の方ではなくて、ちょっと古い情報ですが3人のミュージシャンの訃報を。

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チェオ・フェリシアーノといえば「サルサのナンバー・ワン歌手」としてN.Y.におけるチカーノの存在をしらしめたチータのライブでもフロントをつとめた一人として忘れられない、黒人系のためのある歌声は、同じ頃注目され始めていたサザン・ソウルに慣れ親しんでいた日本のファンにもすんなり受け入れられたものでした(ホンマっか)。プエルトリコ生まれの彼が注目され始めたのは、いうまでもなくジョー・キューバ・セクステットへの加入からですが、ビブラフォンを取り入れたクールなサウンドが特徴のそのセクステット、チェオ自身、ソロシンガーとしてのアルバムでもビブラフォンをバックに従え、バヤに初めて録音したソロアルバム(右)では、サルサ特有のキレのあるホーンズを加えることなく、「熱い」サルサアルバムを仕上げることに成功しています。

 

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その「熱い」ラテン魂を日本に伝えた先駆者が松岡修造、もとい松岡直也氏でした。氏の名前は知らなくとも「ニュースステーション」テーマ曲の作曲者といえばそのメロディーは思い出されるかも。その松岡氏が1977年に発表したのが「JOYFUL FEET」です。 日本初のオリジナル・サルサとして注目され、アルバム・ジャケットは河村要助氏。たしかファーストプレスはFANIAレーベルだったはずで、写真はリイシュー盤です。

 

なつかしいですねぇ。全部見ちゃいますねぇw。

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で、最後にジェシ・ウィンチェスター。このアルバムはある一定の世代以上のロック・ファンには一種のノスタルジー抜きには語れないアルバムかもしれません。当時、すでに「幻の」という形容詞つきでその存在は知っていても、田舎の高校生が手に入れることなどできるわけもなく、1977年、ワーナー・パイオニアの名盤復活シリーズ第1回のラインナップに加えられて初めて日の目を見ました。ベトナム戦争の徴兵を拒否、カナダに逃れロビー・ロバートソンのプロデュースのもとウッドストックのベアズヴィルから出されたこのアルバム、オリジナルはダブル・ジャケットの4面に同じ本人のポートレイトを配したものでしたが、残念ながら日本盤はシングルジャケットに。数年後のSONYからのリイシュー盤でやっとオリジナルのダブル・ジャケットが実現されました。

いずれのアルバムも高校から大学のころ手に入れたもので、さすがに最近では針をおとすこともなくなっていましたが、訃報に接して久しぶりに聞いてみましたが全く色あせていなくて、むしろみずみずしさを感じます。「せーの」のイッパツ録りではないにしてもサンプリングも打ち込みもない時代のアナログ感覚に満ちたこういう「音」に出会うことはもうないのでしょうか。

 

最低賃金の減額の特例許可申請

最低賃金の減額の特例許可申請について
「断続的労働に従事する者」(最低賃金法第7条第4号)
「断続的労働に従事する者」の最低賃金の減額の特例許可申請に当たっては、次のことに御注意ください。
最低賃金の減額の特例許可の対象となる断続的労働とは、常態として作業が間欠的に行われるもので、作業時間が長く継続することなく中断し、しばらくして再び同じような態様の作業が行われ、また中断する、というように繰り返されるもののことで、実作業時間と手待ち時間とが繰り返されて一体として成り立っている労働形態です。
※ 労働時間中の実作業時間と手待ち時間が交互に繰り返さない場合や、本来継続的に作業するものであるにもかかわらず、労働の途中に休憩時間を何回も入れるなど人為的に断続的な労働形態を採用した場合は、許可の対象とはなりません。
1 減額の特例許可の対象となる「断続的労働」について
「常態として作業が間欠的である」とは、労働時間中の実作業時間と手待ち時間が交互に繰り返されることが、例えば1箇月のうち数回程度などではなく、常態となっていることを指します。
2 常態として作業は間欠的となっていますか?
減額率は、法令に基づく上限(裏面2参照)の範囲内で、職務内容、職務の成果、労働能力、経験等を総合的に勘案して定めることになります。
4 減額率は、法令に基づく上限の範囲内で、職務内容などを勘案したものとなっていますか?
減額率や、支払おうとする賃金の額は、次の手順によって設定してください。
1 所定労働時間数、実作業時間数および手待ち時間数の特定
①始業・終業時刻や休憩時間数から、所定労働時間数(A)を特定する。
②所定労働時間数のうち実作業時間数(B)と手待ち時間数(C)を特定する。
※ 所定労働時間数(A) = 実作業時間数(B) + 手待ち時間数(C)
※ A、B、Cは、いずれも、1日当たりの時間数としてください。ただし、日によって所定労働時間数、実作業時間数及び手待ち時間数が異なる場合には、どの期間を取っても所定労働時間数、実作業時間数及び手待ち時間数が一律となる一定の期間(例:1週、1箇月等)を特定し、その期間を平均して1日当たりの所定労働時間数、実作業時間数及び手待ち時間数を算出してください。
※ 所定労働時間数には、休憩時間数は含みません。
2 減額できる率の上限となる数値の算出
上記1のCに100分の40を乗じて得た時間数をAで除して得た率が、減額できる率の上限となります。
(減額できる率の上限となる数値の算出例)
Aを16時間、 Bを7時間15分(7.25時間)とした場合、
(16時間-7.25時間) × 40 ÷ 100 ÷ 16時間 × 100 = 21.875% ≒ 21.8%
したがって、減額できる率の上限は、 21.8%となります。
※ 小数点以下が生じた場合は、小数点第2位以下を切り捨ててください。
3 減額率の設定
上記2の数値を上限として、減額対象労働者の職務の内容、職務の成果、労働能力、経験などを総合的に勘案して、減額率を定めて、「支払おうとする賃金」の「減額率」の欄に記入してください。
※ 総合的に勘案した結果であっても、上記2の数値を上回った減額率を定めることはできません。上記2の例で、 21.8%を上回る数値、例えば25.0%とすることはできません。
4 支払おうとする賃金の額の設定
上記3の減額率に対応した金額を「支払おうとする賃金」の「金額」の欄に記入してください(金額が減額率に対応したものとなっていることを必ず確認してください。)。
※ 支払おうとする賃金には、臨時に支払われる賃金及び一月を超える期間ごとに支払われる賃金、時間外手当、休日労働手当、深夜手当、精皆勤手当、家族手当、通勤手当など最低賃金法第4条第3項に規定する賃金は算入できないことに注意ください。
※ 減額の特例許可を受けようとする最低賃金が複数ある場合は、最も高い額の最低賃金に対して、支払おうとする賃金の額を定めてください。
減額率・支払おうとする賃金の額の設定の仕方
(埼玉県の地域別最低賃金(785円)の場合の例)
減額できる率の上限(上記2)は21.8%でしたが、職務の成果などを勘案して、減額率を15.0%と定めることにしました(上記3)。
この場合、
・減額する額は、114円となり、
・支払おうとする賃金の額は、785円-114円=671円
となりますので、この額を「支払おうとする賃金」の「金額」の欄に記入してください。
※ 785円×0.15=117.75円ですが、1円未満の端数の四捨五入や切上げによって118円として減額をしてしまうと、減額率は15.0%を超えてしまいますので、1円未満の端数を切捨てにする必要があります。

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実例

始業17:00、終業8:30というビルの当直管理業務を行っています。仕事の内容は夜間の見回り数回と簡単な清掃作業の実作業時間は3時間、仮眠時間が1時間(この間交代要員有り)、待機中にまれに電話連絡もあります。よってその内容をまとめると上のようになります。

拘束15時間30分、所定労働時間14時間30分、手待ち時間11時間30分

(14:30-3:00)×0.4÷14:30×100=31.7%

有期労働契約の更新、雇止め

契約の更新

(1)使用者は、有期契約労働者に対して、契約の締結時にその契約の更新の有無を明示しなければなりません。

(2)使用者が、有期労働契約を更新する場合があると明示したときは、労働者に対して、契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準を明示しなければなりません。

(3)使用者は、有期労働契約の締結後に(1)または(2)について変更する場合には、労働者に対して、速やかにその内容を明示しなければなりません。

明示すべき「更新の有無」の具体的な内容については、
・自動的に更新する

・更新する場合があり得る

・契約の更新はしないなど

明示すべき「判断の基準」の具体的な内容については、

・契約期間満了時の業務量により判断する

・労働者の勤務成績、態度により判断する

・労働者の能力により判断する

・会社の経営状況により判断する

・従事している業務の進捗状況により判断するなど

これらの事項については、トラブルを未然に防止する観点から、使用者から労働者に対して書面により明示することが望ましいものです。

雇止めの予告

使用者は、有期労働契約(有期労働契約が3回以上更新されているか、1年を超えて継続して雇用されている労働者に限ります。なお、あらかじめ当該契約を更新しない旨明示されているものを除きます。)を更新しない場合には、少なくとも契約の期間が満了する日の30日前までに、その予告をしなければなりません。

ここでの対象となる有期労働契約は、
① 有期労働契約が3回以上更新されている場合

② 1年以下の契約期間の労働契約が更新または反復更新され、最初に労働契約を締結してから継続して通算 1年を超える場合

③ 1年を超える契約期間の労働契約を締結している場合です。 ── 平成 20年3月1日改正部分

明示すべき「雇止めの理由」は、契約期間の満了とは別の理由とすることが必要です。

・前回の契約更新時に、本契約を更新しないことが合意されていたため

・契約締結当初から、更新回数の上限を設けており、本契約は当該上限に係るものであるため

・担当していた業務が終了・中止したため

・事業縮小のため

・業務を遂行する能力が十分ではないと認められるため

・職務命令に対する違反行為を行ったこと、無断欠勤をしたこと等勤務不良のためなど

コロンビア

といってもコロムビア・トップ・ライトちがいますよー(古っ)。

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コロンビアといえば、コーヒー、サッカー、ガルシア・マルケス、この4月に亡くなりました、だけでなく音楽の宝庫、魔宮、ありとあらゆる音楽にあふれ、美しい褐色の娘たちが踊り狂う、麗しの国。その多様性を誇る音楽の中でももっとも有名なのが「クンビア」です。もったりとした2拍子、その単純さゆえに、レゲエやヒップホップとの親和性も高く、クラブ・シーンを中心に、にわかに注目を集めつつあります。シンプルなビートが繰り返されるうちにいつしかトランス状態に陥る、合法トリップ・ミュージックか。某ASKAもこっちだったよなぁ。

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出張の往復時間

出張の往復時間は通勤時間と同様に労働時間と取り扱わない

使用者の拘束下にあるとして労働時間とする説もありますが、「出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の他は休日労働として取り扱わなくても差支えない」という通達にあるように労働時間とする必要はなさそうです。

実務上は、遠方の出張先の場合には日当を支払う会社も多いようですが、この場合、日当は知らない土地で割高な昼食をとる、飲料、新聞、または自分の携帯電話での連絡など余分な費用がかかることへの補填とも考えられます。

一方で、通常の営業活動で会社と訪問先との移動、そこから別の訪問先への移動するような場合、この移動時間は所定労働時間中に行われることが多く、労働時間と考えなければならないでしょう。訪問先での仕事が終わり、自宅に直帰する場合は、会社から自宅への通勤と同様に通勤時間と考えられ、労働時間にはならないでしょう。

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車の中にiPhoneを置き忘れていたら、ハンバーグステーキ屋の「焼石」状態に。親指の指紋をほどよく焼焦がしていただきました。

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6月だ!ワールド・カップだ!ブラジルだ!ということで、ムジカ・ポプラール・ブラジレイラでっす。

1979年頃、日本でもブラジル音楽の理解が進み、ベッチ・カルヴァーリョ、マルチーニョ・ダ・ヴィラ、アントニオ・カルロス&ジョカフィなんていうアーティスト達の単独アルバムがリリースされていました。

そのなかで、このアルバムはA面に現代っても今から25年も前ですが、その当時のブラジル音楽を縦断的に、B面で歴史的な名演を時系列にという配置で、ブラジル音楽初心者にとっての指針的役割を果たしたものでした。このアルバムでカルメン・ミランダ、オルランド・シルヴァ、ピシンギーニャなんていう戦前から戦後にかけての偉大なミュージシャンに接することで、アメリカ音楽一辺倒であった当時の青少年の音楽的嗜好を「第三世界」に向けるきっかけとなり、その後のワールド・ミュージック・ブームを呼ぶ触媒の役目を果たしました(ホンマっか)。