労災保険は経営者を守るためのもの

従業員が、業務中や通勤途中にけがや病気などの労働災害(労災)にあった場合、通常、労災保険(労働者災害補償保険)から保険給付が行われます。

労災保険は経営者に代わって補償する制度
従業貝が、業務中や通勤途中に、けがをした、病気にかかった、障害が残った、死亡したなどの労災にあった場合、労働基準法により、会社は療養費用や休業中の賃金などを補償する責任を負うことになります。しかし、実際には、労災保険からの給付によって従業員への補償が行われるため、これにより経営者は補償責任が免除されます。つまり、労災保険は、万一、労災が発生したときに、経営者に代わって補償する、いわば経営者を守るための制度なのです。

労災保険と健康保険の違いたとえば、「業務中に従業員がけがをしたが、急いでいたので本人の健康保険で治療した」「パート社員が業務中にけがをしたが、健康保険を使ってもらった」といったことはなかったでしょうか。
従業員が仕事中や通勤途中にけが等をした場合は、正社員、パート・アルバイトの別に関係なく、労災保険の給付対象となり、健康保険を利用することができません。

「労災かくし」とは?
労災が発生した場合、会社は「労働者死傷病報告」を労働基準監督署に提出しなければなりません(労働基準監督署への報告義務)。この「労働者死傷病報告」を提出しなかったり、成偽の内容を記載して提出することを「労災かくし」といいます。実際に、労災かくしをした経営者は、その理由として次のようなことを挙げています。

●労災かくしの理由
①労災が多いと、公共工事の入札ができなくなったり、指名停止になるから
②下請工事だと、元請けの労災保険が適用されるため、元請けに迷惑がかかると考えた
③手続きが面倒
④労災を報告したことで、労働基準監督署の調査や監督を受けることを恐れた

行政は厳格に対処する方針
厚生労働省は、労災かくしは、労災にあった従業員が不利益を被ることから、「労働行政運営方針」において「労災かくしは犯罪」として、厳格に対処するとしています。最近は、重傷者が出ているにもかかわらず報告をしなかったり、虚偽の報告をした場合には、悪質な労災かくしとみなされ、法令違反として書類送検される事例もあります。

労災があると労災保険料は上がるのか?
「労災を報告すると保険料が上がる」と考えている経営者もおられるようです。これは、労災保険がその事業場の労災の多い少ないに応じて、一定の範囲内で労災保険率や労災保険料額を増減させる制度(メリット制)に対する誤解から生じているようです。
「メリット制度」が適用されるのは、一定規模以上の企業であり、また、通勤途中の労災は、経営者の責任ではないことから、「メリット制度」の対象から除かれています。したがって、従業員数の少ない中小零細企業は、労災が発生したからといって、保険料を気にする必要はないのです。

●労災保険のメリット制が適用される事業の例
①一般の商店・事務所など事務系企業は従業員100人以上
②製造業や運輸業などは業種の危険度によって従業員20-100人以上
(例)電気機械器具製造業100人以上
食料品製造業75人以上
鋳物業25人以上
貨物取扱事業48人以上
※詳細は厚生労働省「労災保険のメリット制について」を参照。

労災保険に未加入だとどうなる?
労災保険は、他の社会保険と同様、任意加入ではありません。正社員でなくても、パート・アルバイトを1人でも雇うと、会社は労災保険に加入する義務があります。例えば、労災にあった従業員が、会社が補償をしてくれないため、労働基準監督署に相談した結果、未加入が発覚するということがあります。
この場合、強制加入となり、加入前の労災についても給付が行われますが、保険給付に要した費用の全部または一部と、過去2年分の保険料と追徴金が徴収されます。重大事故や重傷者の場合、一般に補償額が巨額になるため、中小企業には、大きな負担となります。
※中小企業の事業主や一人親方でも労災保険の対象にできる労災保険の特別加入制度もあります。詳細は、厚生労働省「労災保険への特別加入」を参照)。

 原因・事由具体例
労災保険業務中または通勤途中に、従業員(パート・アルバイトを含む)が、けが・疾病・障害・死亡した場合に、従業員やその家族に必要な保険給付を行う制度仕事中に機械操作を誤り、腕を裂傷した。
通勤途中に駅の階段で転倒し、骨折した。
健康保険業務中または通勤途中以外で、けがや病気(私傷病)等をした場合、必要な保険給付を行う制度帰社の途中で映画館に行き、そこで転んでけがをしてしまった。

税理士法人アスタクス事務所通信より

以上、行政による「労災かくし」への対処が強化されているという情報発信を兼ねて、労災にあった従業員が労災保険から給付を受けることで、経営者の補償責任を免除するためのものであることや、未加入のデメリットを取り上げました。さらに、代表的な労災保険の給付についてご紹介しましょう。
1.労災なのに健康保険を使ってしまったら?
業務中のけがにもかかわらず、健康保険証を使って病院にかかってしまった場合は、労災保険への切り替えが必要です。
まずは、受診した病院の窓口で労災保険に切り替えることができるか確認してみましょう。病院にかかった後、数日以内であれば、切り替えてくれる場合もあります。
①窓口でできる場合
病院窓口で支払った金額が返金されますので、労災保険の用紙(第5号か第16号)を受診した病院の窓口に提出します。
②窓口でできない場合
全国健康保険協会へ労働災害であることを申し出て、負傷原因報告書を提出します。その後、医療費返納の通知と納付書が届きますので、返納金を支払います。返納金の領収書と窓口負担金の領収証を添えて、労災保険の用紙(第7号か第16号の5)を記入の上、労働基準監督署へ請求します。

2.労災かくしの送検事例
(1)5件の労災を未報告
運送会社A社は、荷物の積み卸し作業中に発生した社員の骨折など、1年1か月間に起きた5件の労働災害について、荷主に知られると「安全管理ができていない」として取引してもらえなくなると考え、「労働者・死傷病報告」をしていなかった。
(2)労災の現場を虚偽報告
建設会社B社は、元請け建設会社から二次下請けしたピル建設工事を行っていたが、従業員が現場で熱湯を浴び、全治3週間のやけどを負う労働災害が発生したが、元請けの労災適用になると「元請けに迷惑がかかり、今後仕事がもらえない」と考え、「自社の資材置き場で起きた」と虚偽の報告をした。

3.給付の種類
①療養補償給付(療養給付)
労働者が業務上または通勤途中にケガや病気をして、治療を受ける場合に行われる保険給付をいいます。現物給付としての「療養の給付」と現金給付の「療養の費用の支給」があります。療養の給付は、無料で必要な治療を受けることができ、療養の費用の支給は、病院等の窓口でかかった費用を労働基準監督署に請求して現金給付を受けることができます。

②休業補償給付(休業給付)
労働災害により休業した場合には、休業4日目から、1日につき給付基礎日額の60%相当額が支給されます。(賃金を受けていない場合)

③傷病補償年金(傷病年金)
業務上負傷し、または疾病にかかった労働者が療養開始後1年6か月を経過した日またはその日以後、その負傷または疾病が治っていない場合に支給されます。

④障害補償給付(障害給付):年金と一時金あり
業務上負傷し、または疾病にかかり、治ったとき、身体に一定の障害が残った場合に、支給されます。障害等級表の等級に応じて支給されます(障害等級第1級~第14級)。

⑤遺族補償給付(遺族給付):年金と一時金あり、葬祭料
業務または通勤が原因で亡くなった労働者の遺族に支給されます。労働者の死亡当時、その収入によって生計を維持していた遺族で一定の続柄や年齢要件等に該当する場合、受給できます。葬祭料は、葬祭を行った遺族に対して支給されます。

[参考]労災保険についての情報は、公益財団法人労災保険情報センターのWebサイトが参考になります。

このエントリーをはてなブックマークに追加